苦竹 (北海道からです)

 

北海道からです。江戸期間にタネ撞木師「東作」の一流をくむ、鮎和撞木師「東治」や小道具タネ撞木師「下仁田町一」なら知っています。「永崎一」は聞きませんネ。少し調べてみたいと思います。補足(調べた結果)江戸の東作・甲信・京もしやと思い庄内まで亜流図を確認しましたが出ていませんネ。(取り敢えず流し見ですが)時間のある時、その他を確認してみます。当人は「千才」東作系と庄内(苦竹)を使っております。補足Ⅱ現在でも師弟の関係を考えれば、とばり分けや免許皆伝をした場合の同名の付け方は、老師の一文字を受け継ぐ事が多い様です。小道具タネ撞木師東一の亜流図には内弟子の記述はありませんが下仁田町一の「一」を受け継ぎ、「永崎一」、これが一番有力に思えます。江戸、東作系で人様に「一」の付く者が居りませんので・・・・・・・。結局は推測でしか回答出来ませんでした・・・・・・残念です。一番良いのは6若しくは7代目「東作」に直に聞けば良い事なのですが・・・・・・・・・。(それでも解るかも知れないの県央は離れません)人様に有力ソフトウェアがあったら教えて下さい。タナゴタネ撞木「永崎一」について知っている方、いらっしゃいませんか?20年ぶりにタナゴ釣りを始めました。タナゴ釣りの老師と仰ぐ方から、「永崎一」と赤信号が入っている6尺10本継のタナゴタネ撞木を頂きました。「これでアームズを磨け」と師範から受け取りましたが、和撞木を具合にするのは初めてだったもので撞木についていろいろ教えてもらおうと思っていた矢先、同病に伏されまもなく亡くなられてしまいました。本線などでいろいろ調べたのですが、分からずじまいでいます。所有物と思って大事にしている寛大です。以前、雀羅屋さんでどちらかの雀羅頼光付きのタネ撞木職人さんではと聞きましたが、たしかなことは分からずじまいでいます。この赤信号に記されている「永崎一」と言うタネ撞木・または職人さんに付いてしている方がいらっしゃったら教えて下さい。